ちょっと前に思いつきで書いたパロディSSが、妙にまとまりよく出来たので仮出ししてみる。
注意事項は、 ・舞台設定が遊廓あるいは妓楼。 ・露骨な表現はあまりしていないものの、雰囲気は性的。 ・書き手は廓言葉に学がない。 といったところです。
BLのつもりで書きましたが、多分NLとしても読めます。 元々は「青嵐」のパラレルのつもりでしたが、もはや青嵐らしさはどこにもありません。別創作と思っていただいた方がいいかも。
以上をご了承の上、興味のある方は追記からどうぞ。 あまり長いものではありません。 | ▼以下、フォントサイズをサイト側に合わせます。
『鉢のきんぎょ、氷室のこおり。』
ともに夜を明かすようになって、もう幾晩になるだろうか。 月に照る窓辺に座り、紫煙を燻らせる華奢な姿を、寝床から眺めていた。 上まできちりと閉じられた波浪の領は、余韻に浸ることをさせてくれない。少しばかり残る髪の乱れが、影とともに、紅引きの瞼にかかっているだけだ。 欲を煽るふうに絢爛と飾り立てられた部屋は、燈籠が消えてしまえば味気なく、ただ静寂だった。 煙管の甘さがゆっくりと漂ってくる。眠れそうだったが、眠れなかった。 ――「もう、来ないでくださいな」。絶頂を迎えてすぐに囁かれた言葉が、いまだ目を覚まさせている。 「なぜ、あんなことを言った?」 眉根を寄せ、窓辺を見た。 薄い唇が煙管を食み、すぅと息を吸う。煙を吐く仕草は緩慢で、その口が声を発するまでには、かなりかかった。 「売れないものを買わせようなんて、詐欺じゃあありませんか。そこまであこぎを働くつもりはありませんよ。悪い噂が立った日にゃ、店が潰れっちまいます」 散り散りの煙の中、薄い唇は、なんでもないことのようにころころ笑う。熱の冷めた頬は夜に白く、ついさっきまでの睦事はすべて夢だと言わんばかりだ。 褥での顔も声も演技だとは聞いていた。だが、この時ばかりは、けろりとした様子こそ演技に見えた。かの口は、あらゆる嘘をつくのだから。 「いくら払おうと、おまえは、ここから“買えない”と?」 疑念を持って睨めつける。 それでも、細い喉は転がされ続けた。 「ええ、はい。旦那から頂いたものは、すべて、若いのにやってしまいましたから。お陰さまで、だいぶ人手不足になりまして。損はしてないだけに、お内儀は、たいそう複雑な顔をしてましたがね。ふ、ふ。ほら、詐欺でしょう」 「たたっ斬ってもかまやしませんよ」。猫のように鳴る声は、やたら調子がよく、冗談でも言っているようである。しかし、言うことは鉛のごとく重かった。 頭を過ぎったのは、ただ一度耳にした“愚痴”だ。「お内儀は吝嗇だ。人が足りぬとこっ酷く働かせる」と、大仰に疲れた振りをしていた時のこと。 「おまえ自身は、どうなる」 問う。 上等の微笑みが答える。 「なんてことありゃしませんよ。せっせと働きゃあ、それで済む話です」 「……ここを『嫌い』と言っていたのは、嘘か?」 問う。 水をかけたように笑みが消えた。紅で飾った目尻を眇め、節をつけて「嫌い、きらい。そう、嫌いです、だいきらい」。 歌う様子を見、激しく思う。だったら、出ていけばいい。 しかし、それを言うより早く、「だけど」の声が耳を打った。 「今さら、生き方を変えようなんざ思いませんよ。お日さんの下に出たって、目が焼けておしまいなら、このままでいた方が、ずうっと気楽なもので」 細い指に弄ばれて、くるりくるりと煙管が回る。立ち昇っていた紫煙は、いつの間にか絶えていた。 「ですから、旦那、もう来ないでおくんなんし。どうぞ、今宵を限りに……。いい人を騙し続けるのは、なかなかにつらいものなので」 ついに残ったのは、香りだけだった。
了
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