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Pentecost.
2013/01/19[Sat]
 ちょっと前に思いつきで書いたパロディSSが、妙にまとまりよく出来たので仮出ししてみる。

注意事項は、
・舞台設定が遊廓あるいは妓楼。
・露骨な表現はあまりしていないものの、雰囲気は性的。
・書き手は廓言葉に学がない。
といったところです。

 BLのつもりで書きましたが、多分NLとしても読めます。
 元々は「青嵐」のパラレルのつもりでしたが、もはや青嵐らしさはどこにもありません。別創作と思っていただいた方がいいかも。


 以上をご了承の上、興味のある方は追記からどうぞ。
 あまり長いものではありません。
▼以下、フォントサイズをサイト側に合わせます。



『鉢のきんぎょ、氷室のこおり。』

 ともに夜を明かすようになって、もう幾晩になるだろうか。
 月に照る窓辺に座り、紫煙を燻らせる華奢な姿を、寝床から眺めていた。
 上まできちりと閉じられた波浪の領は、余韻に浸ることをさせてくれない。少しばかり残る髪の乱れが、影とともに、紅引きの瞼にかかっているだけだ。
 欲を煽るふうに絢爛と飾り立てられた部屋は、燈籠が消えてしまえば味気なく、ただ静寂だった。
 煙管の甘さがゆっくりと漂ってくる。眠れそうだったが、眠れなかった。
 ――「もう、来ないでくださいな」。絶頂を迎えてすぐに囁かれた言葉が、いまだ目を覚まさせている。
「なぜ、あんなことを言った?」
 眉根を寄せ、窓辺を見た。
 薄い唇が煙管を食み、すぅと息を吸う。煙を吐く仕草は緩慢で、その口が声を発するまでには、かなりかかった。
「売れないものを買わせようなんて、詐欺じゃあありませんか。そこまであこぎを働くつもりはありませんよ。悪い噂が立った日にゃ、店が潰れっちまいます」
 散り散りの煙の中、薄い唇は、なんでもないことのようにころころ笑う。熱の冷めた頬は夜に白く、ついさっきまでの睦事はすべて夢だと言わんばかりだ。
 褥での顔も声も演技だとは聞いていた。だが、この時ばかりは、けろりとした様子こそ演技に見えた。かの口は、あらゆる嘘をつくのだから。
「いくら払おうと、おまえは、ここから“買えない”と?」
 疑念を持って睨めつける。
 それでも、細い喉は転がされ続けた。
「ええ、はい。旦那から頂いたものは、すべて、若いのにやってしまいましたから。お陰さまで、だいぶ人手不足になりまして。損はしてないだけに、お内儀は、たいそう複雑な顔をしてましたがね。ふ、ふ。ほら、詐欺でしょう」
 「たたっ斬ってもかまやしませんよ」。猫のように鳴る声は、やたら調子がよく、冗談でも言っているようである。しかし、言うことは鉛のごとく重かった。
 頭を過ぎったのは、ただ一度耳にした“愚痴”だ。「お内儀は吝嗇だ。人が足りぬとこっ酷く働かせる」と、大仰に疲れた振りをしていた時のこと。
「おまえ自身は、どうなる」
 問う。
 上等の微笑みが答える。
「なんてことありゃしませんよ。せっせと働きゃあ、それで済む話です」
「……ここを『嫌い』と言っていたのは、嘘か?」
 問う。
 水をかけたように笑みが消えた。紅で飾った目尻を眇め、節をつけて「嫌い、きらい。そう、嫌いです、だいきらい」。
 歌う様子を見、激しく思う。だったら、出ていけばいい。
 しかし、それを言うより早く、「だけど」の声が耳を打った。
「今さら、生き方を変えようなんざ思いませんよ。お日さんの下に出たって、目が焼けておしまいなら、このままでいた方が、ずうっと気楽なもので」
 細い指に弄ばれて、くるりくるりと煙管が回る。立ち昇っていた紫煙は、いつの間にか絶えていた。
「ですから、旦那、もう来ないでおくんなんし。どうぞ、今宵を限りに……。いい人を騙し続けるのは、なかなかにつらいものなので」
 ついに残ったのは、香りだけだった。


   了

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